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軍人勅諭集の現代語訳 其の一

大叔父が遺した軍人勅諭集(昭和13年11月3日発行)。
明治,大正,昭和の天皇の言葉が綴られています。
その中で,関心を引いた次の項目を現代語訳してみました。

・徴兵制の施行について (明治5年11月28日)
・陸海軍人へ (明治15年1月4日)
・憲法の発布に際して (明治22年2月11日)
・憲法について (明治22年2月11日)
・教育について (明治23年10月30日)
・清国に対する宣戦 (明治27年8月1日)
・ロシアに対する宣戦 (明治37年2月10日)
・大正天皇の皇位継承に際して,陸海軍人へ (大正元年7月31日)
・第一次世界大戦後の平和実現について (大正9年1月10日)
・第一次世界大戦後,陸海軍人へ (大正9年1月13日)
・国民の精神を奮い起こすことについて (大正12年11月10日)
・昭和天皇の皇位継承に際して,陸海軍人へ (昭和元年12月28日)
・国際連盟の離脱について (昭和8年3月27日)
・支那事変(日中戦争)臨時議会の開院式で (昭和12年9月4日)
・中国北部および内モンゴルで戦っている将兵へ (昭和12年11月12日)
・上海で戦っている将兵へ (昭和12年11月20日)
・軍人を援護することについて (昭和13年10月3日)

今回は,明治天皇の詔書,勅諭,勅語,詔勅をご紹介します(かなり長いです)。
大まかな内容を知るための意訳ですので,あらかじめご承知置きください。

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■ 徴兵制の施行について (明治5年11月28日)
私は,全国の有志を募り,軍隊を設けて,国家を保護する制度を整えようと思う。
中世以降は兵士と農民の区別がなかったが,
その区別がなされて組織された新政府軍と旧幕府軍が戦った戊辰戦争は,実に千年来の大変革だと思う。
これに際して,陸海軍の制度も,時代の流れに沿ったものにしなければならない。
昔からある制度を基盤とした上で,海外諸国の制度も参考にし,
全国から兵を募る法律を設けて,国家を保護できるようにしたい。
お前たち官僚は,私の考えを十分理解し,全国に周知させるように。

■ 陸海軍人へ (明治15年1月4日)
我が国の軍隊は,代々天皇が統率している。
昔,神武天皇が大伴氏や物部氏の兵を率いて,大和地方の服従しない者たちを征伐し,
天皇の位について全国の政治を司るようになってから2500余年が経った。
世の移り変わりに伴い,軍隊の制度も変わってきた。
昔は,天皇が自ら軍隊を率いていた。
時々皇后や皇太子が天皇の代わりに軍隊を率いることもあったが,軍隊の指揮権を臣下に譲ることはなかった。
中世になって,文武の制度を中国に倣い,六衛府を置き,左右馬寮を建て,防人制度を設けて,軍隊の制度は整った。
しかし,平和な世の中が続くとそれに慣れてしまい,朝廷の政務も武を軽んじ文を重んじるように流れていったため,
おのずと兵士と農民が二つに別れ,昔の徴兵制は廃れて志願制に代わり,武士の世の中となって,
軍事の指揮権は武士の頭領が持つようになり,世の中が乱れていくにしたがって政治の権力もその手に落ち,
約700年間,武家の政治が続いた。
世の移り変わりでこうなったので天皇が軍隊の指揮権を持っていた昔に引き返すことはできないと言いながらも,
これは,我が国の国家のあり方に背き,神武天皇の掟に背くことであった。
時は流れ,弘化、嘉永の頃から徳川幕府の政治が衰え,開国後は外国との諸問題が発生し,
外国から侮りを受けそうな状況になってきたため,仁考天皇および孝明天皇が大変心をお悩ましになった。
私は幼い頃に天皇の位を継承し,征夷大将軍が政権を返上し,大名および小名が領地と人民を返し,
それから年月が経たないうちに日本はひとつに治まる世の中になり,昔の制度に立ち返った。
これは政治と軍事の両面において忠臣が私を補佐してくれたおかげである。
そのような協力を得られたのも,代々天皇が人民を愛してこられたからでもあるが,
そもそも臣民自身がが正しいことと間違っていることの道理をわきまえ,大義の重さを知っているからだと思う。
今,この時に軍隊の制度を改め,我が国を光り輝くような栄光ある国にしようと思い,
この15年の間に,陸海軍の制度を今のように定めることにした。
軍隊を統治する大権は,私が持つ。
様々な役割を臣下に任せることはあるが,大権を臣下に譲ることはない。
代々の子孫に至るまでこの旨を伝え,天皇が政治と軍事の大権を持つという道理を理解して,
再び中世以降のような誤りがないことを望む。
私は,お前たち軍人の大元帥である。
私はお前たちを信頼し,お前たちは私を頭首と仰ぎ,その親しみは特に深くなるであろう。
私が国家を保護し,天の恵みに応じて代々の天皇の恩に報いることができるかどうかは,
お前たち軍人がその職務を尽くすかどうかにかかっている。
我が国が振興しないことがあれば,お前たちは私とその憂いを共にしなさい。
私の武功で栄光を勝ち得たなら,私はその名誉をお前たちと分かち合うだろう。
お前たち全員がその職務を全うし,私と心を一つにして国家の保護のために力を尽くすならば,
我が国の人民は永く平和の幸福を受け,我が国の輝きは世界の輝きともなるだろう。
私はこのようにお前たち軍人に深く望むのであるから,さらに教えさとすべきことがある。
それを,次に述べる。

一,軍人は忠節を尽くすことを本分としなさい。我が国に生まれた者なら,誰でも国に報いる心を持たなければならない。
ましてや軍人がこの志を強く持っていなければ,いったい何の役に立つだろうか。
軍人であるのに国に報いる志が強くなければ,いくら技芸に熟練していて,学芸に長けていても,人形と同じである。
軍隊の隊列が整い,規律が正しくても,忠節の無い軍隊はいざ戦争が始まると,烏合の衆とおなじである。
そもそも,国家を保護して国家の権力を維持する鍵となるのが兵力だから,兵力の強弱が国家の運命にかかわる。
それをわきまえて,世論に惑わされず,政治にかかわることなく,ただ一途に軍人の本分である忠節を守り,
その信義は険しい山々よりも重く,死はおおとりの羽よりも軽いと覚悟しなさい。
それを忘れて思いもしない失敗を招き,汚名を受けることがあってはならない。

一,軍人は,礼儀を正しなさい。軍人は,上は元帥から下は一兵卒に至るまで,
その間に官職の階級があって統制に従うのは言うまでもなく,
同じ地位にいる同輩であっても,兵役の年限が異なるから,新任の者は旧任の者に服従しなければならない。
下級の者が上官の命令を承ることは,直ちに私の命令を承ることと心得なさい。
自分がつき従っている上官でなくても,軍歴が自分より古い者に対しては,すべて敬い礼を尽くしなさい。
また,上級の者は,下級の者に対して,少しも軽蔑したり,傲慢な態度をとってははならない。
公務のために威厳を保たなければならない時は特別であるけれども,そのほかは務めて親切に接し,
慈しみ可愛がることを第一と心がけ,上級者も下級者も心を一つにして職務に励むように。
もし軍人でありながら,礼儀を守らず,上級者を敬わず,下級者を思いやることなく,
お互いに心を合わせて仲良くしなかったならば,単に軍隊の害悪になるばかりでなく,
国家における許し難い罪人となるに違いない。

一,軍人は武勇を重んじなさい。武勇は,我が国において昔からとても大切にされてきたものであるから,
我が国の臣民は武勇の徳を備えていなければならない。
ましてや軍人は戦争で敵と戦う職業なのだから,片時も武勇を忘れてはならない。
武勇には,大勇と小勇があり,同じではない。
血気にはやった粗暴な振る舞いは,武勇とは言いがたい。
軍人は,常に義理をわきまえ,胆力を鍛錬し,思慮を尽くして行動すべきである。
勢力の小さい敵であっても侮ることなく,勢力の大きい敵であっても恐れることなく,
軍人としての職務を尽くすことこそ,本当の大勇である。
武勇を重んじる者は,温和に人と接し,人々の敬愛を得るよう心掛けるように。
見せかけの武勇に心を奪われ,力を振るうようなことをしていたら,
結局人々に忌み嫌われて山犬や狼のように思われてしまうから,注意するように。

一,軍人は信義を重んじなさい。信義を守ることは,軍人でなくても大切なことである。
信義の無い軍人は,一日たりとも軍隊の中にいるべきではない。
信とは,自分が言ったことを実行し,義とは,自分の務めを尽くすことを言う。
したがって,信義を尽くそうと思うならば,何かをしようとするときには自分がそれを成し得るかを検証し,
よく考えなければならない。
あいまいな事をよく理解もしないで承諾し,関係を結んでしまったら,
後になって信義を立てようとしても進退窮まり,身の置き場に苦しむことになる。
後悔しても時すでに遅し。
はじめから物事の順序をわきまえて,道理にかなっているかどうかを考え,
その約束ができそうもなく,義理はとても守れないと悟ったら,速やかに思いとどまるのがよい。
昔からある話で,小さな信義を立てようとして大局を見誤ったり,
道理にかなっているかどうかの判断に迷って,私情から出た身勝手な信義を守ろうとしたりして,
英雄や豪傑と呼ばれる人が身を滅ぼして後世にまで汚名を残す例が多々あることを,
深く自戒しなければならない。

一,軍人は質素でありなさい。そうしなければ,武を軽んじ文を重んじるように流れ,
軽薄になり,贅沢で派手な風を好み,ついには欲深く,意地汚くなって,国に報いる志も卑しいものとなり,
節操も武勇もその甲斐なく,世の人々からつまはじきされるまでになるだろう。
それは,その人にとって生涯の不幸であることは言うまでもない。
このような気風が一度軍人の間に起こってしまったら,伝染病のように蔓延し,規律も士気も衰えてしまうことは明らかである。
私はこれを恐れて,先に免黜条例(官職を辞めさせることについての条例)を出し,このことを戒めておいたけれども,
なおもその悪習が出ることを心配して心が休まらないから,わざわざまたこれを戒めるのである。
お前たち軍人は,けっしてこの戒めをおろそかにしてはならない。

軍人は,いかなるときもこの五箇条をおろそかにしてはならない。
この五箇条で述べたことを実行するためには,偽りの無い心を持つことが大切である。
そもそもこの五箇条は軍人の精神であり,心に偽りがあれば,
どのような言行であってもすべて上辺の飾りに過ぎず,何の役にも立たない。
心に偽りが無く,誠実であれば,何事であっても成すことができる。
ましてこの五箇条は,天下の道理,人として守るべき変わらない道である。
実行しやすく守りやすいはずである。
お前たち軍人は,私の教えに従ってこの道を守り,実行し,国に報いる務めを尽くせば,我が国の人民はこぞって喜ぶだろう。
私一人の喜びにとどまらないのである。

■ 憲法の発布に際して (明治22年2月11日)
私は,国家の隆盛と国民の幸福とを中心に考え,祖先から受け継いだ大権をもって,
現在と未来の臣民に対してこの不朽の大典を宣布する。
私の祖先は,臣民の祖先の協力によって我が国を築き上げ,これまで無事にやってくることができた。
神聖な祖先の徳と,国を愛し公に殉ずる忠勇な臣民の心によって,光り輝く我が国の歴史が築かれてきたのである。
現在の臣民は,私の祖先の時代に生きていた忠実で善良な臣民の子孫であるから,
私の考えを理解し,私の事業を推進し,共に力を合わせ,我が国の栄光を国内外に広く知らしめ,
祖先の遺業を永久に強固なものにするよう,この任務に耐えられると信じている。

■ 憲法について (明治22年2月11日)
私は祖先が残した功績のもと,万世一系の天皇の位に就いた。
親愛なる臣民は,私の祖先が恵み,いたわり,養ってきた臣民であることを想い,
臣民がより健やかで幸せであるように,そして,生まれながらにして持った徳を発達できるように願っている。
また,臣民の協力によって共に国家を発展させることを望む。
明治14年10月12日の勅命を実行に移して,ここに大日本国憲法を制定し,
次代の皇位後継者や臣民,そして臣民の子孫に至るまで,
私に倣って永遠にこの憲法を遵守し,実行させることを宣言する。
国家を統治する大権は,私が祖先から受け継ぎ,これを子孫に引き継ぐ。
私および私の子孫は,将来にわたってこの憲法に従って行動することを誓う。
私は,臣民の権利および財産の安全を貴いものと考えているから,それを保護し,
憲法および法律の範囲内で皆が享受できるようにすることを宣言する。
帝国議会を明治23年に召集し,議会を開会した時点でこの憲法を有効とする。
将来この憲法を改定する必要が発生した場合は,私または私の子孫が議会を開き,
議会で議論し,憲法が定めている要件をふまえて議決する。
この方法以外で,私の子孫および臣民は憲法を変更してはならない。
官僚はこの憲法を施行する責任を負い,現在そして将来の臣民は,
この憲法に対して永遠に従順の義務を負う。

■ 教育について (明治23年10月30日)
私の祖先はこの国を興し,徳を広めて浸透させてきた。
臣民が忠孝の心を持って,代々受け継いでいくことが我が国の真髄であり,
教育の意味もそれを実現するために存在する。
臣民は父母によく仕え,兄弟には友愛の心を持ち,夫婦は和の心を,友人は信頼を大切にしなさい。
人に対してはうやうやしく,自分自身は慎み深く振る舞い,博愛の心で人々と接し,学問を修め,仕事を身につけなさい。
そうすることで知能を啓発し,徳を養い,公益となる事業を推進し,世のために務めを果たすこと。
また,常に憲法を重んじ,法律に従いなさい。
ひとたび国に危機が訪れたなら正義と勇気の心を持って臨み,安らかな天皇の治世を支えること。
このような人物は,私の忠実で善良な臣民であるだけでなく,祖先の教えを体現するだろう。
このような人物であることは,私の祖先の遺訓であり,子孫の代まで臣民がその遺訓を遵守すべきである。
今も昔もこの道を誤ることなく受け継ぎ,国内外に広めていく。
私は臣民と共にこの遺訓を心にしっかりと留めて決して忘れないようにし,皆が徳を共有することを願う。

■ 清国に対する宣戦 (明治27年8月1日)
天の加護を受け,万世一系の血統である大日本帝国皇帝は,忠勇なる国民に告ぐ。
私はここに,清国に対して宣戦布告する。
政府関係者・官僚・役人のすべては私の考えを理解し,陸海において清国と戦い,国家の目的の達成に努力すること。
国際法に抵触しない限りは,各自,与えられた権限に応じてあらゆる手段を尽くし,手抜かりの無いようにせよ。
私が天皇に即位して20余年,平和のうちに文明化が推進されることを望み,外国と争うようなことはあってはならないと信じ,
諸外国との信頼関係を厚くすることに努力してきた。
幸い,列国との交際は年々親密になってきた。
しかし清国が朝鮮事件において,我が国との友好関係に背き,信頼を失わせるような行動に出るとは。
朝鮮は,列国と互角に渡り合えるように我が国が独立させた国である。
しかし清国は,常に朝鮮を自らの属国であると称し,朝鮮の内政に干渉し,
内紛が起きたときには属国の危機を救うという口実で,朝鮮に対し出兵した。
私は,明治15年の済物浦条約により,朝鮮に兵を出して戦争に備えさせ,さらに朝鮮が永遠に戦乱に巻き込まれないようにして,
将来にわたって治安を維持し続けることで,東洋全域の平和を維持しようと思う。
まず清国に,朝鮮に関しては協同で事にあたろうと告げたのだが,清国は態度を変え続け,
さまざまな言い訳を設けて,この提案を拒んだ。
これを受けて我が国は,朝鮮に対してその悪政を改革し,国内では治安の基盤を堅くし,
対外的には独立国の権利と義務を全うすることを勧めた。
朝鮮はすでにその勧めを肯定し,受諾したのにもかかわらず,
清国は終始,朝鮮の背後からその目的を妨害し,それどころか外交上の言を弄して時間をかせいでいる。
その間に水陸の軍備を整え,その戦力をもって朝鮮征服の欲望を達成しようとしている。
さらに大軍を朝鮮半島に派兵し,我が海軍の艦を黄海で待ち伏せて攻撃したが,
豊島沖海戦で我が国の海軍に敗れ,ほとんど壊滅状態となった。
清国の計略は明らかで,朝鮮の治安に干渉し,我が国が率先して独立諸国の列に加えた朝鮮の地位を,
それらを明記した天津条約と共に水の泡にしようとし,帝国の権利および利益に損害を与え,
東洋の永続的な平和を失わせようとしているのは,疑いようがない。
清国の行動を見て,その陰謀を深く洞察すると,清国が平和を犠牲にしてでもその野望を遂げようとしていると言わざるをえない。
事態はもう,ここまで来てしまっている。
私は,平和を前提として我が国の栄光を国内外に示すことに専念しているが,
その一方で,公式に宣戦布告せざるをえない。
私は,忠勇なお前たちに寄り頼み,すみやかに平和を取り戻し,我が国の栄光を全うすることを決意する。

■ ロシアに対する宣戦 (明治37年2月10日)
天の加護を受け,万世一系の血統である大日本帝国皇帝は,忠勇なる国民に告ぐ。
私はここに,ロシアに対して宣戦布告する。
陸海軍は,全力を尽くしてロシアとの交戦に従事し,
政府関係者・官僚・役人のすべては,職務の権限および個人の能力に応じて,国家の目的を達成するよう努力するように。
国際法の範囲内で,あらゆる手段を尽くし,手抜かりの無いようにせよ。
私は,文明を平和のうちに求め,列国と信頼関係を深め,それによって東洋地域の治安を永久的に維持し,
各国の権利や利益を損ねることなく,我が国の安全を将来にわたって保証する環境を整えることは,
国際関係において重要であると考え,少しでも誤ることが無いようこころがけてきたことである。
官僚・役人たちもまた,私の考えをよく理解し,列国との関係は年を追うごとに深まっている。
今,不幸にしてロシアと戦争を始めることになったが,私が本来望むところではない。
我が国の重要課題のうちの一つが韓国を保全することだが,これは一日でできることではない。
日韓両国がこれまで築き挙げてきたものであり,韓国の存亡は我が国のの存亡にも関わる。
しかしロシアは,清国との条約,諸国に対する数々の宣言があるにもかかわらず,
依然として満洲を占拠し,ますますその占領政策を強固にして,最終的には満州をロシアに併合しようとしている。
もしも満州がロシアの領土になれば,韓国の安全保障は維持できなくなり,極東地域の平和は望むべくもない。
そのため,私はこの事態に際し,ロシアとの妥協によってこの局面を解決し,平和を恒久的に維持しようと決意し,
官僚に命じてロシアに提案と協議をもちかけ,半年の間に折衝を重ねさせてきたが,
ロシアが少しも譲歩の姿勢を見せないため,いたずらに時が流れ,事態の解決が遅れるばかりである。
ロシアは,上辺では平和を唱えながら,裏では陸海軍の軍備を増強し,我が国を服従させようとしている。
ロシアが平和を愛する誠意を持っているとは思えない。
ロシアは我が国の提案と協議を受け入れず,韓国は今まさに危機に瀕し,我が国の国益が侵されようとしている。
事態はすでに,ここまで来てしまっている。
我が国が平和的な交渉によって求めてきた,東洋諸国の将来にわたる安全保障は,
もう,軍旗と進軍ラッパによって求めるほかはない。
私は,忠勇なお前たちに寄り頼み,すみやかに平和を取り戻し,我が国の栄光を全うすることを決意する。


長かったですね…
其の二は大正天皇,其の三は昭和天皇の詔書,勅諭,勅語,詔勅と続きます。

お疲れさまでした。
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by coperfeels | 2010-01-05 20:52 | 考えるテーマ
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